貴方に、人生で最高のプレゼントとして、この変哲のない、ちっぽけなスイッチを差し上げよう。
このスイッチ一つで、この星は滅亡する。つまり貴方が貴方の人生を終わらせたいと考えた時に、この世の全てを道連れに出来るのだ。死ぬ時は誰もが孤独な旅に出る。だが、世界の何処かで同じような旅人がいると思えば、不思議と寂しくはないはずだ。
貴方がいつどこでスイッチを押すかは貴方にお任せするが、あまり時間を遅らせていると、誰かに先を越されてしまうかもしれない。
このスイッチは一万個造られた。そして今、一万人の手元にある。
貴方が押さなくても、他の誰かが押すかもしれない。たとえば貴方が幸せの絶頂にいた時、この星の裏側で人生を悲嘆し途方に暮れた男が、思い詰めてスイッチに手を伸ばすかもしれない。あるいは、悪戯半分で押してしまう愚か者もいるかもしれない。
そんな彼らに世界を終わらせていいと思うかい。どうせなら絶望の淵にいる自分に都合の良い時、良い瞬間に終わらせたいと考えるだろう。
そう、それが正解だ。
この世界は貴方だけのものではないが、誰かのものでもない。誰にも終末の時を決める権利がある。もちろん、貴方にも。それを叶えてあげたいと思ったのだ。このスイッチ――なに、金はいらないさ。ただ私の発明を実演してもらいたいだけだ。さあ、どうする。早い者勝ちなのだよ。選ばれし素質を持つ貴方だ。いい選択を期待している。もし、それでも押さないというのならば……。
「10000個だそうだ」
「そんなにあったんか。悪魔もようやるな」
「まったくだ。これ以上仕事を増やしてどうする」
「あちらが繁盛しても、こちらの不況は変わらんし」
「9999個のスイッチだって、一度滅んでしまえば星と一緒に御陀仏……リスクもデカいがバックも大きい。悪魔だけには」
「そういうことだわな」
独房の前で談話をしている二人の刑吏官の背後で、しきりにスイッチを弄んでいる男がいる。
「どっちにしろ、お前の持っとるスイッチは何の役にも立たんというこっちゃ」
独房の男はスイッチを幾度も押しては、子どものように喜んでいる。
「自分の星を滅ばせて何が面白いのだか」
「もう滅ぶもんはないんだろうに。いつまでいじくり回しとるんだろ。とうとう頭いかれちまったか」
刑吏官の背中には白い羽根。二人は揃って大きな溜め息を吐く。
「ったく、脳の発達が成っとらん。……これだから地球人は」
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