地響きだ。灯台のサイレンが唸り、海が荒れだした。割れた波の谷間に突如現れた見果てぬ高さの山の頂上から、空飛ぶ玉座に乗ったなにかが、この国に上陸した。
「救済しましょ、そうしましょ。あちしが元始天尊でござーい」
艶やかな服、つり上がった目、むさ苦しい髭に奇妙なポーズ。胡散臭い巨大な老人が諸手を上げたのと示し合わせて、湾岸には波の壁が迫り、陸地はあっという間に飲み込まれた。逃げ惑う人々も家々も土砂と渾然一体となった。
「あんれま、手荒な真似してごめんちょ。けど逃れられない劫なのねん。だってこれするためにわざわざ大羅天から降りてきたっちゅーねん。やらせてやらせて」
高層建築物の足もとは抉られ、辛うじて残った支柱が上階を支えるに留まった。車は衝突し合い、金属片らしくひしゃげ、流された人々もろとも下流で突っ伏した。
「選挙じゃ闡教に清き一票。麗都もリド、理の道もリドッ」
鼻歌交じりで上空を旋回する様子は全国中継された。報道ヘリが数機接近したが、為す術もなくことばを詰まらせるだけだった。気を焦らせた警官が発砲したが、銃弾は着衣をかするどころか着弾の瞬間に消失したようだ。
「だめよん。自衛隊だの軍隊だのが来たって無理無理、あちしは常住不滅でさぁ」
老人は腕を振り、ぽきりと灯台を折ってしまった。
「あぁぁどうして仙術使わんかった、手首が過労死しちまいまんにゃわっ」
と痛がったかと思えばひとつ咳払い。髪と髭とを整えて、中継カメラ越しにまた口上。
「ええかええか、このぴかーっいうの、まぶしいんよ。夜は暗いだろ、眠るだろ、それが戒律ってものだろよ、違うか。で、これ何使ってんの。デンキ? なんじゃそらそら。こういうのあるからあちしは嫌なのよ。もう容易にデンキとやら作れんように、ハツデン方法に毒まぜたらぁ。おまいたちの体、デンジ波に弱い体にしちゃるけんの」
波はたちまち引き陸地も戻った。光が注ぎ、町には自然が生い茂った。ビルも車も技術も文化もない。そこには昔あった世界が蘇っていた。
老人は哀愁を漂わせて、こう語った。
「人は常に道を失うが道は人を失わない。人は常に生を去るが生は人から去ることはない、らしいよぉ。きみらまたここから始めんさい(ドヤァ ね、これがあちしの優しいとこ(テヘッ 」
老人は去った。人々はその背中を見つめていたが、ことばを忘れてしまった原始人たちはそれを理解することができなかった。
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