プリンが死んだ夜から、家の隅々は睡っている。
プリンというのは、妹が飼っていたジャンガリアンハムスターの名前で、両親と妹の寵愛を受けながらも、先月の暮れに寝床の木っ端のなかで逝っているのを母親がみつけた。小学校から帰宅し、この世の終わりとでも言いたげに泣き声を荒げた妹を、わたしは壁一枚隔てた自室の、畳には似合わぬ革張りのソファーに寝そべりながら毒づいた。
ジャンガリアンが三年も生きれば、長生きな方よ。一ヶ月もすれば忘れるんでしょ。
わたしの声は届かないし、届かないように呟いた。妹の嘆声とわたしの毒を吸収した壁は、その時まだ目が覚めていた。
家の変化に気がついたのはその翌朝のことで、洗面所で歯を磨いていたら、いつもなら頭上で微かに鳴る木材の犇めきが、まるで聞こえない。蛇口を締め水の音を消しても、日焼けた天井が揺らめきもせず板を連ねているばかりで、髪を整えながら、わたしは急に独りになった気がして、茶の間に逃げ込んだ。
幼い頃は戯けてみせる家の一挙手一投足を両親に話してみたことがあったが、わたし以外の誰もそれに気がついていないことを悟ると、わたしはわたしだけ、家族にばれないように家との交際を続けていた。思えば、共働きの両親にかわってわたしが妹の面倒をみていたように、家はわたしを育ててきたのだ。時に恋人のようにラフに、時に両親のように厳しく、あたたかく、家はわたしとの間に愛を育んだ。だからわたしは恋人を連れ込んだこともないし、仄めかすような仕草もせずに今日まで来た。
両親や妹には甘えて、すりすりと近寄って離れなかったのに、わたしが掴もうとするとすぐに逃げ出すプリンが嫌いだった。
家の隅々に散らばるプリンの糞を片付けていたのはわたしだ。家が汚れないように、心がけた。けれどプリンが死んで、平穏な空間で、わたしを包み込んでくれるはずの家は睡って寝返りも打たない。こちらの気持ちも知らないで。だからわたしは火を放った。
燃え盛る炎のなかで、飛び起きた家は即座に土下座をしたけれど、わたしは赦せなかった。一緒に逝こうと呟いて、わたしは噎せる熱気のなかで気を失った。両親の腕のなかで目が覚めて、わたしはここにいる。
焼け野原に革張りのソファーがぽつんとしている。わたしは火事から生き延びた。それを人は奇跡と呼ぶけれど、わたしには家の悪あがきにしか思えない。
わたしはまだ、家を赦してはいない。
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