男が見つかったのは寝台の上。淡い緑の昊天から降る燦然とした陽光が、氷原の波濤めいた敷布に、皚い円を描いている。昊天と呼ぶからには、夏空以外の何物ではなく、背筋の窪みに溜まった汗が冷えて薄ら寒い。
男の奇妙な屍を発見したのは、牛乳配達員である。此処数日、玄関に置かれた箱に、封の開けていない牛乳が溜まっていることに気がついて、窓から覗き込んだらしい。寝室に男を見つけた。白目を剥いた、苦悶の表情で横たわる男の胸には、陰惨な孔が開き、噴出した名残かと思われる凝血の滓が、敷布を染めていた。床に牛乳壜が幾つも転がっていた。白濁した乳の跡はない。壜の内側を染め床をも色付けているのは、殷い血液の色だった。絨毯は深く濃い草色。数箇所の角が奇妙に捲れ、樹状に模してある。男の頭には宿り木の冠。見ようによっては、大きな袋から上半身だけを覗かせているような死に様だ。此れも、見立て殺人。〝真夏の聖ニクラウス〟の犯行であろう。気取った俗称だが、既に十三人もの男が殺されている。
しかし此れまでとは随分状況が異なる。室内に女が居た。黄金色の髪の先を血で濡らした淑女が、男の遺体の傍に虚しく座っていたのである。凶器が判明しているのも異なる。女の握る銀の杭。それで男の胸を貫いたのだろう。女は何も喋ろうとしない。証拠は充分すぎるが、動機が足りない。窓辺の椅子に腰掛け、尋問を始めると、当初は俯くばかりだった女も直に口を開きだした。「彼の名前は?」聖ドゥラクル、殺された男の名前を漸く女は呟く。「関係は」愛していた。「他の男たちは」彼が粛清を。「ではこの男が真犯人だと」そう、狩人ですもの。
私は女の背後に歩み寄る。その純白の項に目が注がれた。血の匂いと、女の臭い。もう我慢できない。女の首筋に口をつける。隠した牙を突きたて、昼餉を認めるとしよう。しかし私の牙は忽ち凍りついた。「お前、何者だ」氷の精。
「私も殺すのか」彼の使命を引き継がねば。異教徒を断絶するの。女が杭を振り上げた。銀の杭に見えたそれは杭状の氷柱だった。倒れた私の胸に跨り、女は氷柱を突き立てる。
女は去った。瀕死のまま私は牛乳壜に移し変えられた誰某の血液で末期の飢えを凌いだ。氷柱が溶けていく。消える凶器。殺された十二人の仲間達。寝台で事切れた男は、我らが敵、吸血狩り。その右腕に、かつて私が残した牙の痕が残っている。
吸血鬼に、神の加護は在らんと云う。
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