自殺するついでに、キャンディを手放そうと思っている。
樹皮の硬い木の枝を主食とするような生き物だから、飴玉を好む。だからキャンディ、ぷるるん蜘蛛、メス、二歳とひと月。
なかば透明な体の彼女は目を離すとどこかに行ってしまう。一緒に入浴なんかすると大層彼女は機嫌をよくしたものだけど、わたしが体を洗っている間、つるんと浴槽に落ちてしまえば、湯水に同化して一目では見つけられない。ビー球のような八つの目が、底のほうで瞬きをするので、やっとそれが彼女だと分かる。拾い上げると、ぷるるんと身を震わしてタイルを擦るような音で鳴くのだ。
ぷるるん蜘蛛は学習能力が高いわりに適応能力が低い。柔軟性がないともいう。ゼリーみたいな体のくせに。
だから成虫は譲ることも売ることも難しい。一度懐いた人間にはこの上なく気を許すが、それ以外には見向きもしない。けれど大した世話も要しないから、若い女性には人気があった。女性誌で知って興味を抱くパターンが多い。わたしもその口だ。
死に装束ぐらいめかし込みたいと式典用のヒールを履いてきたから、余計な体力を奪われた。けれど引き返せない。わたしは森の深奥で沼に対峙した。丸二年でたぷんと健康的に肥えたキャンディを茂みに下ろすと、彼女は水を求めてのしのし這っていき、なぜそんなところに突っ立っているのか、入浴しないのかというような素振りでこちらを見る。
ここなら安心して暮らせるから。
ぷるるん蜘蛛を調理するなんていうバラエティの企画があったが、喉ごしは絶品である反面、煮ようが焼こうがかわいそうなほど調味料と馴染まず、なら蒟蒻で充分だという見解が浸透しきって、食材としての注目はすっかり失せてしまった。けれど鴉や野良犬、雑食性の生き物に捕食されるので、繁殖能力はきわめて低い。
わたしは剃刀を握り締め、ぬるりと嫌な感触のする水面に半身を沈めた。手首に宛がおうとしたところで、剃刀が水面に奪われた。腐葉の雑じった泥水のなかで八つの瞳が瞬いた。
泥水が胸元によじ登ってきてきゅっきゅっと鳴く。あんなに入浴をせがんでいたのに、必死でわたしを陸に上がらせようと躍起する彼女。ぷるるん蜘蛛の弾力のある体を抱きしめていたら、決心も潰えてしまった。
帰ろっか。キャンディがきゅんと嬉しそうに鳴く。
邪魔されるのはこれで三度目。次こそは絶対に死んでやる。
今度は、絶対に邪魔しないでね、キャンディ。
PR