いつぞやの小説家になろうの企画でもそうだったけれど、挿絵ありきで物語を紡ぐのは愉しいものだ。
商業作品で言えば、福田隆義画伯の絵に著名な作家たちが掌編を載せた『
絵の贈り物』、
皆川博子×宇野亜喜良『
絵小説』、(写真だが)同作者の『
ジャムの真昼』なども思い浮かぶ。
最近でいえば、藤原ヨウコウならぬ森山由海×SF作家『逆想コンチェルト』
奏の1・
奏の2が記憶に新しい。
さて、インディーズ文芸サイト
QBOOKS内で近しい企画が行われていた。
で、このたび残念なことに開催休止となってしまった
500字挿し話バトルである。
俺自身、それに気がついたのは第6回開催直前だったので、もっと早くから参加できればなと悔しさばかりが残る。
というようなことを、不意に思い出したので挙げる。
参加したのは、第6回と第7回。
訳あって、別名義での参加である。
沓 泉
縦に書くとこんな感じ。
沓
泉
ねー。
まあ、それだけなんですけど。
ということで、第6回参加作品『EMBRASSER』と第7回参加作品『零れ落ちる砂金の音楽』である。
なお、余談ながら、当企画に参加したいがためにQBOOKSに登録したもので、今後の活動予定はない。
無論、ネット上で沓泉という名のアマチュア ならぬ インディーズ作家が現れることはもうない、はず。
ちなみにQBOOKSには短編参加者も数人登録している模様。まあ、せいぜいがんばってくれたまえ皆の衆。
『EMBRASSER』
ザフロンテナンス、ペイル・ヴィザーシュ、メナシー……どれもこれも君が書き捨てた架空のブランド名だが、仮にそのうちどれかを実在させることができるとするなら、君は間違いなくメナシーを選ぶだろうねぇ。メナシーは殊更夜に似合うから。
君が背を向けている間に、僕はそっと自分のベルトを外しにかかるわけだが、どうにもメナシーの夜は見惚れてしまってうまくいかない。指先が縺れてしまって 君を待たせることになる。羽化した蝶のような君が振り返ってから急いでスラックスを脱ぎ捨て、夜のなか足許の紅いドレスを跨いで僕の方へ歩み寄ってくる君 を、ただ迎え入れる。
よく様になっているよ。
君は君が生み出したデザイン、色合い、ネームバリューの足枷で苦しんでいたのだろう。床に置き去りのドレスが寂しそうだねぇ。もう泣かなくていいんだ。だって君はたった今ドレスを……ああ、布切れなんかより、目の前の蝶に、その脇腹に、接吻でもしてあげようねぇ……。
裏に独白が書かれた見知らぬ男の名刺を洋服箪笥にみつけた。これはなんだと問いつめてはみたものの、そんなもの知らないわと素っ気無く嘯いた彼女は、茫漠な夜のなかメナシーのドレスを脱ぎ始める。
http://www.qbooks.jp/500/106/#a04
『零れ落ちる砂金の音楽』
路肩で蹲る老人に寒いからとコートを羽織らせた。水を水……と呻くので、飲みかけだったがちょうど持ち歩いていたヴォルヴィックを灰色の唇の隙間に流し込んでやると、噎せかえって大半を溢した。
零れ落ちる砂金の音楽を聞いたことがありましょうか。
異国訛りだろうか。寒さで舌が回らないのだろうか。老人の日本語は少し抑揚が暴れていた。
その音楽は目に見えました。音符とリズム、余韻さえ、尖ったり螺旋となったり、幾つもの形を成して砂漠に落ちるのです……。
私は音楽家でした。ただ楽器は弾きません。指揮棒も、楽譜も要りません。私が使っていたのは、父から授かったシルクハットと真鍮の時計……。聞き手のなか には私を魔術師と揶揄する人間もおりましたが、奏でた音楽が彼らの耳に馴染まなかったからでしょう。目で愉しむ手品のように思えたのかもしれません。
砂金は分解した時計の盤面から零れ落ちてくるのです……やがて、私の故郷は砂金で満ちてしまった……。
砂のうえを歩くと音がするでしょう。かつての私の音楽です。
そして、この星から見える黄金の天体……貴方方が月と呼ぶ……あれが私の故郷……。
この星は昔の故郷に似ておりますね。
http://www.qbooks.jp/500/107/#a01PR