ニャアゴ。プギャア。ギャウン。盛りのついた猫の啼き声は胎児の産声に似ている。思春期、とある夜を境にして、猫へと変ずる不気味な集落が存在する。木天蓼と狗尾草がびっしり群生する山道を抜け、視界が開けたかと思うと平屋の民家が立ち並び、猫がひょいと乗りやすそうな塀が迷路のように入り組んだ村がある。俺が生まれた村だ。
「今日は《宴》だねえ」
らららと歌を口ずさみながら、美宇はそんなことを言った。俺たちは村の外れにある丘陵の傾斜に寝そべって、空を眺めていた。もうじき日暮れになる。今夜の《猫ろび》は美宇だと聞かされている。《宴》とは年に一度行われる変化の儀式だ。長である老灰猫が村に住む十六、七の女の中から選出する《猫ろび》が猫に変化する、夜。
「怖くないのか、美宇」
「怖い? どうして。幸せなことだよ」
美宇は笑った。猫になるということは、そのつんと尖った鼻も、際の目立つ唇も、茶色がかったボブカットも失うことになる。言葉も、人間としての営みもすべて失う。
昨年の《猫ろび》である郁美姉さんは、黒猫に変化して長の従女になった。次期、長候補の一匹である。付き合っていた橘先輩は村を出たらしい。《猫ろび》は旦那を持ってはならない。それが掟だ。《宴》は、少女の通過儀礼であるとともに、少女と交際していた男の旅立ちの儀式であるともいう。最中、集会所に村人が一同に帰し、盛大な宴を催すが、儀式自体は《猫ろび》と役員猫以外の村人には見せない決まりになっている。
俺は無性に悲しくなって、美宇を抱きしめた。
「逃げよう。やっぱだめだよ。君と離れられない」
美宇は丸い目で俺を見た。次いで、悲しそうに俺を見た。
荷物をまとめて丘で落ち合う頃、日は沈み、《宴》の仕度が整ったのか村の提灯が点りだした。ボストンバッグを抱えて丘に座る。村の入口が手薄になるのを待つ。《宴》の直前は、とても静かだ。
互いの手を握り、止まったと思しき時間のなかで俺たちは寄り添い合う。不意に風がざわついて、周囲の草叢に猫が集まっていることに気が付いた。
俺は飛び起きる。
「これが儀式か」
最早、隣に美宇はいなかった。膨張と収縮を繰り返して人間が猫になる様だけが傍らにあり、その牙が俺の方を向くと掟の真の意味が頭を過ぎった。
「美宇……」
愛する者を食らい、怪猫と化した少女を群れが受け入れる。
夜に目立つ茶毛を震わしながら、雌猫は悲しそうに産声を上げた。
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