手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『AQUA』

[解題]








二校時目の休み時間は少し長い。トイレから教室に戻る途中、爪先が踵を返して(へんな表現だな)僕を屋上へと向かわせた。その頃の中学校は屋上が開放されていたんだ、ほんとうだ。茶色く錆びついたフェンスにタオルが一枚ぶら下がっていた。クラスと氏名が細いマジックで記してあった。応援団員の忘れ物らしい。
 ふいにプールの更衣室を出たときに感じる、予感めいた湿り気を感じた。フェンス際に立って校庭をみおろした。黄土色の砂地はなく、おそろしいほど澄み渡った海があった。

 階段まで海水が来ていた。校舎は水没していた。いつ水は来たのだろうなんて詮索すら忘れ、昼の弁当は教室に忘れたままだったな、腹が減るなと思った。空は照り、アスファルトは吸ったそばから熱を放っている。いっそ飛び込んで魚になってしまえばいいとフェンスをのぼってはみても、すぐに胸が冷えてやめてしまう。あきらめて腰を下ろした屋上の地面は鉄板のようだった。

 おもえば校舎より高い建物が遠くには見えたはずだ。だけども看板も電波塔のきっさきも、隣接する小学校の貯水槽さえも見当たらない。だだっ広い海が四方に広がるばかりで、水面は波打ちもたゆたいもせず、水平線に船が現れるはずも上空に飛行機が横切るはずもない。腰かけて貧乏ゆすりをしながら途方に暮れる僕だったけど、ふしぎと気持ちは落ち着いていた。
 誰かが助けに来てくれる。
 その人はざばっと水中から現れてフェンスをのぼってくる。さあ行こうと僕の手をとって、一緒に海に飛び込むと、ほんとうにふしぎなんだけど僕は呼吸ができるんだ。泳ぎも得意じゃないのに、溺れることなくその人に着いていける。君の力がいるんだとかなんとか言って、その人は僕を世界栓まで案内する。太い鎖をつかんで懸命にひっぱると、ワゴン車ぐらいの大きさの泡をぼこぼこ出して栓が抜け、世界を充たしていた水が地響きをたてて吸い込まれていく。僕は踏んばった。一緒に吸い込まれたら永久遊泳者になってしまうぞとかなんとか相棒が言っているから。踏んばりながらちょっと唇を舐めてみると、海水だと思っていた水は真水だった。
 相棒が吸い込まれていった。

 また屋上にいた。喉がからからだった。シャツは汗でぐしょぐしょだった。空に穴があいて地上を浸すほどの大水とともに潜水服姿の男が落ちてくる光景を夢にみた。立ち上がって見回してみると、まず黒煙をはくゴミ処理場の煙突が目に入り。



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