二十四世紀にもなってまだ人は地面を歩いているし、ここは地球だ。車は効率の悪い電気に頼っているし、走行中は座っていなければならない。キュンキュンと耳障りなクラクションが町の一段上の幹線道路に鳴り響き、地上には陸橋の大きな影ができていた。錆びついたガード下の柵のそばにそれを見つけたのは、スーツ型酸素ボンベが日の下で機能するかどうかの実証の最中だ。ガード下を通りかかった。息苦しさはなかった。涼気も順調である。空気中の酸素が欠乏している昨今、並の衣服だったら呼吸困難になっていただろう。
ふと、歩道の端に四肢をあそばせた機械人形が腰かけているではないか。交通整理や道路案内のシグナロイドが棄ててあるのは珍しくないが、それはなけなしの力でこちらを手招いていた。近づいてみると「コシガ、クタビレタ、セナカガ、イタイ」とぶつぶつ言っている。
「ロボットか、シグナロイドか、意識があるのか」
すると「エ、ア、ボ、ボクハ、ナントイウカ、ソノ……」
実に人間臭い受け答えをする。担いで会社へと持ち帰ろうとしたが、ほど近い自宅に運んだ。車に積めば距離なんて関係ないのだが、映画の影響かもしれない、何やら予感があったのだ。
帰宅するなり胸元についた主電源を押してみる。「ウチニカエリタイデス、✕✕✕―✕✕……ニデンワシテクダサイ。ボボ、ココニイマス」
意思をもつロボットに出くわしてつい好奇心にかまけて連れてきてしまったが、もともと持ち主はインプットされているだろうし、詮索することも改竄することも、技術的にも法律的にも私にはできなかった。弱々しい声を聴くうち情が移ってしまい、私は早々に彼を返すことにした。
訪問者はひょろっとした紳士と五歳ぐらいの男の子だ。男の子はドアを開くなり、不躾にも部屋に上がり込んできてロボットの前に立った。足音に気づいたのか、ロボットは右手を上げ、「ココ、コンニチワ」と言った。
ココ、というのがコンニチワと言う際に生じた吃音なのか、男の子の名前なのかと考えるまもなく、男の子がロボットを指さし「ボボ、見ぃーつけたッ」と叫んだ。
ロボットの背後からもぞもぞとなにかが這い出してきた。瓜二つの男の子だった。彼は頭をかきながら「チェッ、見つかっちった」と言った。こちらに脇目もふらず、双子の兄弟は外に駆け出していった。父親らしき紳士が、気持ちを汲むような面持ちで頭を一度だけ下げて帰っていった。
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