手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『パラレル・タイムズ』

[解題]
世界は幾つも分岐する。では逆に、別々の世界が重なり合わさったらどうなるか。本作の目的はそれである。インタビューを介して人物を描いていく結構は、執筆当時『第9地区』という映画に感化されたからだ。
インタビューの連関によって紡がれたといえば、1000文字小説では『体液を切り売りする子ら』という変てこりんな話もあるが、あちらがインタビューを行っていること自体に作中論理の手順を示しているのと違い、こちらではパラレルというモチーフを意図したものとなる。どちらも最後に発言者の不在が明かされるところなどは、この手の話にしては常套手段に過ぎない。



○/もう二年になるか。そうだなあ、何も変わってないね、俺は。確かに奴とは仲がよかった、けれどね、別に離れたような気分にはならないんだ。こっちが忘れた頃にぶらりと顔を見せるような気がしてね。

△/実は私、いまだに理解できていないの。本当にあんなことする必要があったのかって。ケンちゃんが麻子のことそれだけ愛してたって知ってるけど、でも人生を犠牲にするなんて……まあ、そこがケンちゃんのいいところなのかな。

□/被験者であった彼に命じたのはひとつだ。決して自殺はしないこと。苦しくなったらいつでも伝言を〝刻む〟ように言っておいた。こちらで二年だから、彼の体感時間は四年。予測は超えた。早ければ一年、長くても二年しかもたないと思っていた訳だから。

○/〝刻印〟なんてくれやしないよ。もしかしたらわざと俺の周囲には近寄んないのかもな。奴はそういう男だからさ。だから俺も〝刻む〟ようなことはしない。互いに照れるようなことはしないさ。俺らは昔からそうだったんだ。

△/〝刻む〟のを嫌がる人も多いわね。でも、私は早く彼に戻ってきて欲しいからやめないわ。馬鹿なことしてないで早く帰ってきなさいって。

□/シミュレイトした他者の人生を己の人生に重ねる。〝ダブり〟の技術が賞を得るか実刑が下るかどうかは彼にかかっている。十年の契約期間は長すぎたかもしれないね。

○/奴は幸せなんだろうな。望んだものを手に入れて。一般化されても俺はやろうなんて思えないけど。

△/麻子は病を苦にして死んだの。ケンちゃんのせいじゃない。麻子の登場しない麻子の人生なんて、馬鹿げてると思うわ。

□/実は羨ましくも思ってるんだよ。彼は今、最も濃密な時間を生きているのだから。二人分の人生をね。彼の強い意思もまた羨ましい。だが、二度とマシンを使いたくない気もする。二人分の人生が圧し掛かってくるようでね。

 変わらぬ風景に、他者は影。麻子の面影を探して僕は無駄な時間を累進している。けれど、与えてくれたことへの感謝はやまない。

 自宅の壁にその文面が発見されて以来、彼からの〝刻印〟は見つかっていない。
 去る202×年2月14日付、契約期間は満了となったが、彼は戻ってきていない。
 研究所は開発を断念。現在、技術はサイコセラピーに流用されている。
 関係者への訴状は取り下げられたが、主力技術者の失踪が世間を賑わせている。
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