町人総出の、聖夜の宴も終わりを迎える。クリスマスから十二日目の今日は顕現祭だ。
山間地区の公爵である大篠は、世話人の有尾を連れて、観覧席の最前列に鎮座した。湊沿いの大通りに設けられた特設の座敷は客でごった返している。通りに灯る提灯が、少し離れたところに座っている女性の顔を浮かび上がらせる。湊地区の伯爵の娘、織姫だった。好くようになってからもう結構の月日が経つ。ふと織姫がこちらを見た。慌てて目をそらす。
流浪者の瀬場は雑踏に苛つきながら、辛うじて観覧席の端っこにしがみついた。二十数年ぶりに訪れた異郷だ。思い出は何一つないが、生き別れた双子の妹のことが気になってしょうがない。ふとさっき見かけた身なりのいい娘に妹を重ねあわせ、追うようにやって来た。人々の歓声が上がる。異様な熱気が一月の寒さを和らげる。そろそろパレードが始まるようだ。
あ、あのお方だと、織姫の胸に温かいものが宿った。同じ列に意中の相手が座っているのだった。初めて一目惚れをした美男。叶うことなら並んで一緒にパレードを拝観したい。父上からは爵位のある者だけを相手にと言いつけられている。一瞬、大篠公爵と目が合った。公爵様が羨ましい。あのお方のお隣に座ることができて。
菫は懐から写真を取り出してしっかりと握りしめた。そこには幼き日の兄妹が写っている。今夜と同じパレードを背景に、二人並んで撮ってもらったと思しき写真だ。記憶はひとつきりないけれど、この写真がすべてだった。兄のふりをしていれば何かの縁で見つかるのではないかと、そう思って今は男装し名を変え生きているが、それも潮時かなと思いつつある。ひときわ大きな歓声。パレードが始まった。
湊に現れる色とりどりの炎、牡羊、牡牛、双子……鎧を着た猪、犬、鶏、猿……威風堂々な振る舞いで行進してくる先頭陣。上空では月と日を従えた印度の神々が舞い踊る。次いで西洋の修道士たちが後光を放ち、惑星を耀かせるのはオリュンポスの神々だ。さらにあしぎぬの冠と髻華の飾りをつけた天皇の臣下、青鈍、紅梅、桜、色目鮮やかな五衣唐衣裳の貴女。ひっきりなしに議論を交わしている陪審員もいる。呂律と音階それぞれの音を巧みに演奏するのは雅楽師や金陵の美女衆を彷彿とさせる女性古楽器奏者たち。後には全国の名城たちが天守閣を重たそうにして歩いてくる。色や声などの感覚、様々な感慨が、体の至る箇所に直接響いてくるようだ。これぞ幻影仮装、妖術の顕現。絢爛豪華な十二夜のパレード。
行進に誘われ、みなが思わず一歩踏み出していた。
菫が最初に立ち上がった。自らが仕えている公爵に恋することなど言語道断。しかし今夜ならすべて許される、そんな気がしてしまった。
織姫もまた同じ意気だった。これ以上、募る恋に蓋しておくのは心憂いもの。この天上の演奏に身を預ければ、なにも怖くないのだと悟った。
大篠はパレードもそっちのけで織姫のことばかり見ていたものだから、立ち上がった彼女につられてしまった。しかし織姫の視線の先が、自分を通り越した背後にあると気づくのに時間はかからなかった。つかの間の悲壮は、さらに手首を掴まれている感触に気がついたことでかき消えた。振り返ると、有尾がいた。
瀬場は観覧席でそれぞれに視線を交わしている三人の男女を見つけた。ようく目を凝らしていると、そのうち一人と目が合った。なにか時間が止まったような気がして、思わず尻もちをつく。連鎖式に手前側の、さっき見かけた身なりのいい女と、貴族の男もまたこちらを見る。
花火が連発する。フィナーレだ。
四人が一堂に会した今宵、なにか素敵なことが起こりそうな予感がする。
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