健児は子役のキャリアを六年持つ。少年漫画の実写版では準主役に抜擢され、時代劇での町子や、ホラー映画の回想シーン、幽霊の赤ん坊役から一時期は出演作品が年間十本を越えた。何度か、天才子役として特集を組まれたこともある。何処に行ってもちやほやされ、大人なんてこんなものかと高をくくっていた。
だが、それも一時期だけだった。一年ほど前からか、ぱたりと依頼はなくなり、専属だったマネージャーも、他の子役俳優たちとの掛け持ちになっている。そんな折に、ようやく来たのがこの保育園での撮影。仕事なら何でも引き受けるというスタンスが事務所にまずあって、台本も見せられないままに出演が決定していた。
にしても、明らかに自分は浮いていた。保育園での撮影という時点で、断るべきだった。確かに自分は同年齢の子よりか、幾らか背が小さい。見ようによっては、保育園児に見えるかもしれない。そう、決め込んでいた。でも、まさか、こんな役だとは……。
もう潮時だと思っている。今は俳優養成学校付属の小学校に通っているが、両親には、知人の経営する私立小学校に編入しろ、と言われている。話は学校側に伝わっているようで、手続きと自分の返事待ちらしい。
これからは普通の小学生として、生きていくべきなのだ。普通に進学して、普通に恋をして、普通に就職して、家庭を持ち、大人になっていく。目立たなくていい。ちやほやされなくたっていい。ひとりの人間として、家族に尊敬され、人生をまっとうできれば、そこに何の不都合がある。
これが最後の仕事、最後の演技だ。大丈夫、自分にはキャリアがある。どんな役だってこなしてみせる。そう、健児は自分を奮い立たせた。
保育園の窓から中を覗き込みながら、二人の男が話をしている。
「近頃は大人びている子どもが多いらしい」
「ええ、知ってます。大人を大人だと思ってない子だとか、……自分を大人だと思っている子だとか。まあ、この光景を見れば少しは報われるじゃないですか。少しは」
「ああ、せめてもの警鐘にでもなればと思うよ。大人が大人らしく生きる世の中、子どもが子どもらしく生きる生き方とは何か、図るためのね」
「元気な子どもたちじゃないですか。どちらで見つけたんです?」
「なあに、皆、うちの役者だよ。園児はもちろん、保育士もね」
健児は、園児たちに向かって大きな声で呼び掛ける。
「さあ、みんな~。集まれ~。おゆうぎのじかんだよ~」
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