また何度目かの春がやって来て、白い息の煙たさは、凍える指先の冷たさは、どんな風に忘れていくのだろう。
君の所作は、君の最後の嘆きであり、私へのメッセージの何物でもなかったのに、今になって思い出すのは君の何か言いたげな視線。隠された表情を分かってあげるには、私は未熟だった。たぶん君もそれは分かっていたと思う。だからこそ、私には気持ちの片鱗すら見せなかった。――私の手を振り払ったあの時以外。
誰だって悩みはある。
相手が誰であれ、たったそれだけのこと。
償えない。悔やみきれない。たぶん、五年後も、十年後も、私はそう思う。何度春を迎えようとも。
この冬、君は苦悩の果てに、永遠に私の前からいなくなってしまった。
「もう彼のことは忘れなよ」
下界の眺める屋上で、眩しそうな顔をして、私の隣に立つ友人。この場所は彼女が教えてくれた。
夢に挫けた時――。
独りになりたい時――。
少しだけ浮いて、世界を眺めたい時――。そんな時はここに来ればいい。
空から降る氷の塊は冷たさを保って、地上を白く染めていく。人波も車の波もそれをかき消していくけれど、たちまち夜が訪れれば、知らない間に銀世界がやって来る。
彼がとある夜に自宅で手首を切った時も、こんな天気だった。寒くて、静かで、心細くなるほどに。
発見が遅かった。すでに浴槽は血の海で、彼の体は冷たく固まっていた。
私はその頃、彼からのメールが途切れたのを気にしながらも、眠ってしまっていた。彼との喧嘩は、またすぐに収まると思っていたから。
学校も違う。共通の友人もいない。彼の死を伝えてくれるものはなく、私がそれを知ったのはTVのニュース。名前は出なかったけれど、映し出された家に見覚えがあった。
「馬鹿なことは考えちゃだめ」隣で友人が言う。大丈夫、死のうなんて考えてない。
「でも、分かるよ。その気持ち。私も今すぐ死にたいもん」それは私の耳を鋭く刺した。
「可愛がってもらえないんだよね」友人は一歩、縁に歩み寄る。
「ごめんね、もう悩みに乗ってあげられない」咄嗟に友人の腕を私は掴んだ。でも――、彼女は振り切って――。
目に焼き付いた。掴もうとしたその腕に一瞬見えた、蚯蚓腫れが。
私は独り、屋上の縁に蹲った。寒さを噛み締めながら、身を震わせた。次に何をすべきか分からない。下界から聞こえる悲鳴。空から降るみぞれまじりの雪。
春はまだまだ遠かった。
君はいない。
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