昨夜は誰もがそれぞれの理由で眠れなかった。
港の脇に、夜になると映える観覧車をメインとして、アミューズメントエリアが建設されたのは二年前のことである。
タカシは中学三年の夏休みを過ごしていた。成り行きで、同じ剣道部員のユカリと遊びに来ることになったのだ。入園ゲートで待ち合わせをしているが、ユカリは一向に来ない。時間は五分過ぎている。
杉村は会社帰りのスーツ姿のままで、観覧車に乗っていた。つい先程、辞表を出して来た。十年勤めた保険会社だった。杉村は小説家になる夢を見、家族に捨てられ、仕事を捨てた。ゴンドラに揺られ、下界の光のパレードを眺めていると爽快だった気持ちも何処か物憂げになってくる。
エリカは遊園地の全景を臨める、そばのツインタワーの最上階にいた。
タカシは動く歩道から押し寄せて来る人波を避け、ゲートから離れた銀の装飾が光る街路樹のふもとに立っていた。人波を眺めるが、ユカリの姿は見えない。だが、不思議とドタキャンされたという不安は抱かなかった。誘ってきたのがユカリの方だということもあるが、実に不思議と必ずユカリが来るだろうと信じていた。
杉村を乗せたゴンドラは頂上に差し掛かっていた。頭上にはスモークの張った星空があった。足元を見ると、虚空にレールが敷かれジェットコースターの虹色の車体が走り抜けた。顔を上げると、黒い箱型のフリーフォールがスポットライトを浴びて一際夜に浮かんでいた。観覧車の足元に設置されたサーチライトは暇なく動き、ゴンドラを掠め時に激しい眩しさを感じた。いつかこれに乗せてやると息子に約束したが、叶える前に自分一人で乗ってしまった。
青、黄色、紫、白、緑、赤、金銀。エリカが見ていたのは宝石箱だった。湾岸の闇に浮かぶ遊園地の全景はそれほど煌びやかで、鮮やかで、心を奪われた。宝石の間を縫う星の砂のような客の群れ。羨ましさはずっと昔に捨てていた。エリカは電動車椅子を操り、窓から離れた。今夜、四肢麻痺の手術を受けにアメリカへと発つのだ。
タカシは人波の中に見覚えのある顔を見つけた。化粧をしていて自信がないが、彼女だろう。
杉村の携帯が震えた。一か月ぶりに妻からだった。
エリカは両親と一緒に空港へ向かう。
夜は眩しかった。天の星も地の光も、輝いていた。
タカシも、杉村も、そしてエリカもまだ知らない。彼らが乗った数千の、
観覧車は廻り続けている。
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