けれど彼は卒業アルバムに載っていない。僕のせいだ。
僕と河野君は親友だった。その出会いは覚えてない。どちらから話しかけたか、何をきっかけに仲良くなったのか、丸ごと忘れてしまっていて、いつの間にか親友になっていたという気分だ。そう、僕が怒りに乗じて、彼の秘密を明かしてしまうまでは。
偶さか河野君の答案を盗み見ようとして覗き込んだら、河野君は答案を隠してそれを防いだ。見せてくれてもいいじゃん、と口を尖らす僕に向かって、河野君はもっと尖った口でカァと啼いた。河野君は頭が良かった。成績ではずっと敵わなかった。秀才の上にいい子ぶろうとしてる。締りが悪くなった僕はつい言ってしまったのだ。
ちきしょう、河童のくせにっ。
教室中に響き渡った。先生もクラスメイトも騒ぎ出して、何処からかスーツ姿の男たちが現れると、河野君は連れて行かれた。結局河野君は戻ってこなかった。卒業アルバムにも載っていない。元からいないことになっていた。
そんな河野君が再び僕の前に現れたのは、つい三日前のことだ。冷たい雨が降る晩に、一人暮らしのアパートのドアを叩く者がいて、開けるとずぶ濡れになった河野君が立っていた。もう二人、すっかり大人になっている。あの一件が心の澱になっていた僕は彼を門前払いにすることは出来ず、部屋に入れるしかなかった。
河野君は事情を話そうとはしなかった。喜ぶだろうと思って胡瓜の一本漬けを出したが、手も伸ばさない。正座をし、肩で息をしながら怯えていた。ふとゴールデンタイム後のニュースで、町に河童が逃げ出したという報道が為された。河童は人の記憶を操る虞がありますのでくれぐれもご注意ください。
きっと河野君は研究所で何かされたのだろう。彼はもう昔の彼じゃない。見た目は河童と程遠い、人間そっくりになっていた。水かきも頭頂部の皿もない。尖った口も整形され、髪はぼさぼさで歳の若いホームレスのようだ。
これからどうする。僕は訊いた。河野君は首を横に振った。
逃げよう、手伝うから。
逃亡に必要なものをメモに書かせた。ニット帽、色眼鏡、ウェットティッシュ、ジェル、胡瓜、折畳み式の釣竿。尻子玉と書こうとしたので止めた。河野君は照れるように頭を掻いて、ぱりんと快い音を出しながら胡瓜を頬張る。河野君の手に触れると、思った以上に濡れていた。
互いを知ろうとする理由が好奇心だけでないのは、僕らが大人になった証拠だ。
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