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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『紙魚を飼う』

[解題]





紙魚を飼うことにした。
 細長く白銀の胴体を艶やかな鱗で覆われ、ちい い黒真珠の うな瞳をふるわせる空間回遊魚

。飼 には手ごろな中型種だ。
 私が昨年以降、小説を書けなく ったのは紙魚のせいではないか。知人か もよく言われる。

〝きみの才能は紙魚に喰われてしまったんじゃないか〟。まさかと思ったが ながち遠くもない

だろう。遡れば、前例もある。
 十代後半から小説家を夢見ている私は、墓石を売 な らこつこつと作品を書きためてきた。

石屋の営業は今も細々 続いている。執筆するに定職は欠かせない。経済的な信用もあるが、何

よりいい刺激になる。問題は執筆に要す時間が限られてしま ことだが、それはそれ、作品の出

来と数に繋 るのは根気とやる気、非力な紙魚のせいにするのは飼い主の驕りであり、自身への

騙りだ。
 そ なことで諦めてしまう夢でもない。そう、信じている。

 恋人にも逃げられ、親が死んだ。
 契約台帳に自分と母の名前を見つけるたび、私は自宅の籠にいる紙魚を思う。私にとっての親

孝行とは私が作家になることであり、母の夢を叶えることだった。
 かつて母も紙魚を飼っていた。二代目である。粗製濫造で溜まった文字という文字を喰らって

くれる存在、謂わば残飯処理機として我が家にいた。しかし幼い私を養うため、女を作り家を出

て行った父親の代わりに仕事の虫となった母は、創作を忘れ、紙魚も餓死させてしまった。
 高校卒業してすぐ紙魚を飼いたいと言ったら、反対された。
「もっと書けるようにならないとすぐに喰われてしまうよ」
 母の言うとおりになった。

 遺品のノートには、母が書き遺した詩篇が連ねてあった。紙魚が喰らいつきそうになったので

、桐の箱に入れてしまってあるのだが、過去の詩にはすでに虫食いが目立つ。遡れ 前例もある

と先に記したのは、母こそ紙魚に喰わ 一度挫折した身だったからだ。高校時代の母を喰った後

、紙魚は何も言わず姿を消したらしい。
 紙魚の失踪は才能開花の証ともいう。迷信であるかどうか確かめぬまま逝ってしまった母の代

わりに、私は紙魚を飼うことにしたわけである。

 旨い餌を、贅沢な文章を喰わせぬまま、今朝方、私の紙魚も姿を消した。落胆したのも束の間

、夕べ書いたこの拙文の、虫食いされた部分を取り出してみて驚いた。
 これは開花の予兆だろうか、それとも単なる迷信だろうか。


 さ よ う な ら あ り が と う が ん ば れ

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