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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『銀座鉄道の夜・1』

[解題]








「早く起きなよ」
 柔かい毛布に包まれている心地がする。瞼の向こう側には橙色の白熱燈の灯りを感じる。耳元で、ガタンガタンと音がして、目を覚ますと、まず目に入ったのは、都会の夕焼けだった。ビル街が橙というより、最早赤く染め上げられている。影はビルの隙間に収納され、コンクリートの壁面が今にも燃え出しそうだ。今、わたしは空中から、それらを見下ろしている。鉄道の窓越しに。
「目が覚めた?」声は隣から聞こえた。夕日に焦がされたわたしの瞳では、声の主の顔がうまく捉えられない。
「着いたよ」
 声に合わせて鉄道は停まった。眠い目を擦りながら、ホームに下りると、いつの間に時間が過ぎたのか、日は沈んでいて、残映がホームの看板を照らしていた。看板には汐留、とある。ホームには他に人影はなかった。鉄道の窓を見ても乗客の姿は見えない。
 彼に手を引かれ、階段を上っていくと、見晴らしのいい丘になっていた。また時間が経っている。空には星が瞬いていた。先ほど見えた真紅の街並は宵闇に浮かぶ蛍の群れのようになっていて、その隙間を縫うようにガス燈の暖かい光が連なっている。
「汐留は鉄道が生まれた町なんだ」
 彼が教えてくれる。二人を急かすように汽笛が鳴った。
「もう帰らなくちゃいけない」
 再び、彼に手を引かれて、上ってきた階段を戻る。閑散としたホームはもうなかった。白熱燈の下で、夥しい数の人々が忙しなく鉄道に乗り降りをしている。二人は看板の前で立ち止まった。
 ずっと繋いだままだった手が、その時初めて解かれた。わたしは乗り口を潜る。だが、彼はホームに残ったまま、動かない。
「じゃあ、行ってらっしゃい。次の駅は銀座だ。君が住む町だ」
 わたしは彼が誰だか知っている。でも、その顔は涙でぼやけてよく見えなかった。目の前で、扉が閉まる。硝子越しに彼が手を振っている。やがて、鉄道は動き出した。わたしは声が出ないまま、景色とともに流れ行く彼の姿を目で追っていた。彼の姿は夜のパノラマに溶け込んでいく。汐留は過ぎ去り、やがて、銀座の町が現れた。
 二丁目に入ると、ガス燈の先に時計塔が建っていた。十二時を差している。夜更けの町は、夜景とは裏腹にどこか寂しくも見える。見知らぬ町――、これからどうやって生きていこう。
 どんなに堪えても、涙が止まらない。そのとき、誰もいないはずの背後から、柔かい毛布の感触を感じた。
「早く起きなよ」
 彼の声が聞こえた。
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