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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『創世記のゴーレム』

[解題]
かつて《1000文字小説》というサイトにこれを載せたら、2ちゃんねるで「知識と知恵を混同して書いているっ」なんて知識と知恵を混同した読み方しか出来ていない感想が晒されたという作品。「よく読め、だあほ」と言ってやりたかったのは昔々。
テーマは《魔術師》。これも角川タロットボックスのオマージュである。テーマへの追究は今ならもっと別な形にしていたと思う。でも、そんなテーマでないとこういう作品は書かないと思うので、よしとしよい。



 月が煌煌と照る。
 松明灯る神殿の中。
 土が盛られたその上で、風のように現れた〈黒い影〉が、土を練りながら呪文を唱える。土は人型に形作られて、命を吹き込まれる。
 生まれたゴーレムは目を開けて、〈知識の種〉を飲まされる。
 幾千の時を越え、ありとあらゆる知識が蓄えられたゴーレムを、〈黒い影〉が歓迎し、右手を差し出す。
「“魔術”によって私が君を生んだ。我らの世界へようこそ」
 ゴーレムは〈黒い影〉を見下ろして、問うた。
「“魔術”トハナニゾ……ワタシハナニデウマレタ?」
 右手を戻した〈黒い影〉が、〈魔術の種〉をゴーレムに差し出す。
「我々の“魔術”は、霊体エネルギーと言霊によるものだ。この〈種〉を飲めば、君も分かるようになる。独自に開発した〈魔術の種〉だ」
 “魔術”の使えるゴーレム……〈黒い影〉の目的はそれだった。
「ワタシガ魔術師?“魔術”ヲ使エルヨウニナルノカ。土カラウマレシ、ワタシガ?」
 ゴーレムは豪快に笑い出す。〈黒い影〉はたじろぎもせず、依然として見据えるまま。
「オ前ハ魔術師ダ。ダガ、ワタシハ魔術師ニハナレヌ。魔術ハオ前ラ人間ニシカナセヌ業ダ」
「人間にしかなせぬ魔術だと。そなたは《知識の種》によって、何を知ったのだ」
 ゴーレムは動き出す。神殿の外へ。月光が照らす闇の中へ。
「オ前ハドノヨウニシテウマレタ? 魔術師ハ土カラウマレナイ。“呪文”モ“魔力”モナシニ細胞ト細胞ノ融合デウマレルコトノ方ガトテモ神秘的ナ“魔術”ダロウ」
 一瞬、〈黒い影〉が動きを止めた。だがすぐにその口許が綻ぶ。
「なるほど、それが人間。新たな“魔術”か。ならば、その“魔術”がそなたは使えるようになるのだ。飲みたまえ」
〈黒い影〉の手から〈魔術の種〉を受け取り、ゆっくりとゴーレムは飲み込んだ。
「これでそなたは人間となった。だが、忠告して置こう。知恵は、使い方によっては身を滅ぼす危険なものだ。〈知恵の実〉にはせいぜい気をつけたまえ」
 ゴーレムは逃げるように、夜に消えていく。〈黒い影〉は遠ざかるシルエットにゆっくりと語りかける。
「そなたの得た知識は、これまでの歴史の産物ではない。これからの歴史の産物だ。君は人類の未来をどう見る。君が歴史の始まりなのだよ、アダム。私は魔術師などではない。私は神だ。幸運を祈る。……人間の父よ」
〈黒い影〉は再び土を盛り始める。歴史の礎の片割れとなるであろう、アダムの伴侶をつくるため。
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