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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『火車の顔』

[解題]
怪談を書こうとして、途中でこのままオチがない作品を書こうとした結果のような気がする。
というか一番怖ろしいのはこれをいつどんなタイミングで書いたのかが全く思い出せないこと。いや書いたこと自体は覚えてるのだが、それがいつ例えば他の1000文字小説のどれの次に書いたとか、何ヶ月前とかを全く覚えていない。
そういうわけで特に思い入れはない。こういうパターンも実に珍しい。



 発端は母の真顔でした。
 食卓には特にいつもと変わりのない料理が並んでいました。麻婆豆腐にきゅうりの浅漬け、わかめスープ、南瓜の煮物。煮物に手を出したとき、母がか細い声で、ん、と言ったのを耳にしました。何の気なしに母を見ると、まるで犬がしてみせるような素振りで、鼻をくんくんとさせて、空中を探っていたのです。その時は気にもしませんで、私はかぼちゃの煮物を口に運び、スープで胃に流しました。母が真顔でこちらを凝視していたので、気付かないふりをして、食べ終わった食器を台所に運びました。
 その日が何月何日だったのか、今は定かではありません。おおよそ、その日から十年が経ったある日、母は実家の居間で死にました。故郷を出て、関東で一人暮らしをしていた私は、次の日になって連絡を受け、ようやく帰郷しました。霊安室で横たわる母は、まるで眠ったようでしたが、その肩から下は、直視できないほど、ずたずたに切り裂かれていました。警察には強盗の線が濃いと、ただそれだけ言われました。ただ濃いだけで、家からは何も盗まれていませんでしたし、誰かが踏み入った形跡もありませんでした。実家に帰った時、素人目の私にもそれは分かりました。家具の配置も変わっておらず、ただ違うのは、居間のテーブルの脇に、匂いが立ち上る気配さえする、生々しい血の跡が残っていることだけでした。テーブルには珍しくもない夕食が並べてありました。昔、私が食べていたものと似たようなもの。ふと、それが二人分あることに気がついたのです。母は私が家を出てから一人暮らしだったはず。冷めた味噌汁を覗き込むと、上澄みの透明な部分に自分の顔が映りました。その時、微かに焦げ臭い異臭が鼻をついたのです。
 反射的に顔を上げると、目の前には硝子戸がありました。黄昏の庭を映す硝子戸です。その向こうに大きな車輪が見えました。歯車のような形状の車輪がゆっくり回っています。そして、その脇には車輪以上に大きな紅の顔がこちらを見て凝視していたのです。何も聞こえませんでしたが、高笑いをしているように思えました。
 硝子戸から車輪の姿は消え、やがて玄関の扉がものすごい力で叩かれる音を聞きました。食卓を立ち、今にも破られそうな玄関を見つめながら、怖気を感じ再び席に着くと、私は気がつきました。あの紅の顔は、見紛うことのない、母の真顔。薄く開かれた唇の隙間から、高笑いは聞こえてきたのです。
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