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 手のひらの海に、汐はまた満ちる。それまで待とう、死ぬのは。(皆川博子『ひき潮』より) ―――吉川楡井の狂おしき創作ブログ。

-週刊 楡井ズム-

   

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『悪魔の海』

[解題]
自身の創造/想像というものを客観視しつつ、内部からフォーカスしていくことでまたひとつの物語が生まれる。個人の想像が系譜を成せば、それもまたひとつの神話となることを体現して、既存の物語の枠や時代を超越して一挙に集うことも可能。模倣と引用を繰り返し、ごちゃ混ぜになったフレスコ画を文章で描くとこんな感じになるのだそうだ。


 海は万物の胎内だと云うけれど――。
 コールタールの魔海でも同じだろうか。地にポッカリと空いた孔。黒い、暗い孔。水底から轟きが聞こえてくるが、濁った水面では中に何がいるのか分からない。
 離脱する魂魄の如き湯気が俄かに立ち上ぼり、不浄なる驟雨が降り注ぐ。水面には波紋と泡、海そのものが呼吸をしているようだ。“魔のソラリス”と此処を呼ぶ者もいる。S・レムが生んだ海が万物の吐き出す毒に汚された挙句、常闇の魔法を備えた。面白い想像だ。ソラリスが想像の海だとすれば、この魔海は創造の海。思い返せば海に棲むプランクトンから魚類、陸に上がった昆虫や哺乳類、繁栄したのは偶然ではない。全てが魔術。『アビス』の深海、ジョーカーが落ちた薬品の海、T-1000が溶けていく鎔鉱炉、『オアンネス―あるいは「水槽譚」―』の王水の海。王ドロボウの目の前でアラクが漂った雲海。この手の想像にイメージは事欠かないが――。
 たとえば秀麗なブロンドの女が海辺にやって来て、魔海の魅力に取り憑かれたとして――。水底から亡くした恋人の声。自分に恋したナルキッソスのように、あるいはアクタイオンが目撃した沐浴中のアルテミスのように入水していき――。黒い水にどっぷりと浸かって、しゅぽんと飲み込まれる。漸く其処が地獄だと知った時にはすでに女の身躯は油脂の膜を纏っていて、南海の黒鯨よろしく跳ねたその図体は、黒く滑らかな質感と異形に角張ったフォルム、下着もブラウスも肌に融合し、肉と骨が煮える異臭が漂ってくる。容姿はまさに暗黒の鎧を着たヴァルキリーとも見えるが、頭部から覗いたブロンドの髪は焼き焦げ、次第にギーガーが生んだエイリアンの甲冑と化した。死招く黒騎士が跨がる甲冑馬が、馬の姿をした水魔(ケルピー)や人食い水馬アハ・イシュケに進化していく過程を見るようだ。苦しみもがく度、波がエイリアンを更に深淵へと飲み込んでいく。
 バミューダ島海域に生息する墓守サルガッソーの魔のような、夥しい数の海藻が海底には蠢き、その陰からかつて恋人だったもの――海底宮殿を守るサハギンの雑兵めいた暗黒神に、エイリアンは更に深淵へと引きずり込まれ、死際にエイリアンの肛門から放出した屁気は泡となって、美の神が産声を上げる。
 水辺に聳える赤土の山嶺に黒い翼のワイバーンが鱗を繕っていて、魔海が物語を生み出すのを確認すると、僕は黒い翼をはためかせてその島を後にした。
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